耳垢の遺伝
荻窪からの通勤でお茶の水駅までは中央線快速を利用しています。いつも込み合っていますので(特に夕方)、新聞などを広げる余裕も無く、ぼんやりと外を眺めているか、ドアの上の液晶画面を見ています。さまざまな広告が主ですが、今日のニュースとか、スポーツニュース、そしてたまに家庭のサイエンスというのがあります。先日何気なく見ていましたら、耳垢のネバネバ型(以下Wet型)とカサカサ型(以下Dry型)は遺伝的であり、ABCC11という遺伝子で決定されると言う記事を見かけました。
たまたま、学生には、遺伝学の講義のときに、優性と劣性の例の1つとして、耳垢の遺伝の話をしていたところで、偶然の一致となりました。
アメリカやヨーロッパでは、まず耳掻きを見かけることはありません。市販されているのは綿棒だけです。アメリカに留学していたとき近くに住んでいたフィリッピン人から、帰国したら、耳掻きを送ってほしいといわれたほどです。それに対し、日本や中国では、耳掻きで商売する人さえいます。
このDry型とWet型の違いがABCC11(ATP-binding cassette subfamily C member 11)遺伝子のわずか1塩基の変異によることが、日本の研究者により明らかにされました(Yoshiura K et al. Nat. Genet 38: 324-330, 2006)。538番目のグアニン(G)がアデニン(A)に変わることでWet型がDry型に変わります(結果としてタンパク1382アミノ酸のうち180番目のアミノ酸がグリシンからアルギニンに変更)。Wet型の方が優性ですから、GGやGAの人はWet型にAAの人がDry型になります。その発現頻度の解析から、恐らく北東アジアで突然変異したAA型の人が現れ(約2万年前?)、その子孫がアジアを中心に拡大していったものと予想されます。日本でも地方によってその分布に差がありますが、これは以前住んでいた縄文人がWet型に対し、後から来た弥生人がDry型でその進出の割合を示しているのかもしれません。
耳垢の分泌にはアポクリン腺が関与しますので、当然腋の下の分泌にも関与します。ここに細菌が感染し臭いを出すと腋臭(ワキガ)ということになります。当然ながらワキガの人はWet型ですが、ただWet型すべてがワキガということではありません。水の貴重なヨーロッパではWet型でも日本人のように風呂にザブーンというわけにはいきませんから、必然的に香水をつける文化や習慣が発達したのでしょう。
このABCC11タンパクは別名“多剤耐性関連タンパク8”といわれ、薬剤等の細胞外への排出に関与しています。当然、耳垢の状態によって薬剤の投与にも影響する可能性があります。学生には、そのうちに“あなたはDry型ですから、薬がたまりやすいので少し投与量を減らしましょう”、“君はWet型ですから、少し多めに薬をお出しします”、そんな時代が来るのでは、という話をしましたが、果たしてどうでしょうか。
ギリシャの思い出
最近、ギリシャを巡る話題が多いようですが、ギリシャの思い出を少し。
遺伝子治療関連の学会で、学会費用を割り引くから来ないかという招待状を受け取り(7th World Congress on Advances in Oncology and 5th International Symposium on Molecular Medicine)ギリシャのクレタ島に家内ともども向かったのは2002年の10月でした。イラクリオン空港から車で20分くらいのHersonissouという静かなリゾート地で、大きなホテルとそこが所有している丘に階段状に並ぶコテージがあり、坂道を登りきったところに立派な会議場がそびえていました。コテージの1つに家内と泊まったのですが、かなり広い建物で、中世の牢獄に使ったような大きな鍵が印象的でした。まだ、ビーチで泳いでいる人がいましたが、聞けばほとんどドイツ人ということで、同じヨーロッパでもかなり格差があるようです。
クレタ島は神話の島です。エロスの放った矢に当たった神々の王者ゼウスは天界から地上を眺め、シリアの乙女エウロパに魅せられ、白い牛になって近づきます。思わずよってきたエウロパを背中に乗せ、海を渡り(アジアとの架け橋となった彼女の名がヨーロッパの由来)クレタ島に落ち着きました。そこで3人の子を儲け、長男ミノスが、のちにエウロパが再婚したクレタ島の王の後を継ぎ、迷宮(ラビリントス)を造営したと神話にあります。この神話を信じたイギリスの考古学者によって発掘されたのが、クノッソス宮殿跡です。飾られている壁画などはすべてレプリカとのことですが、今から4000年前くらいに、このような壮麗な宮殿が造営されていたことは、当時の日本が縄文時代と考えるとまさに驚きの一語に尽きます。
学会も終わり、観光バスにて島の反対側のMatalaに行きました。Matalaには海に向かって張り出した岸壁のあちこちに穴(Cave)があり、そこに大昔、人が住んでいたとのことです。どこまでも続くオリーブの道を登り、山越えをしたあたりから猛烈な豪雨に見舞われ、ゼウスがエウロパを連れてきたというゴルティスの都などは素通り。Matalaの街に入って驚いたことに、道路の両側に排水溝が整備されていないため、街中が水浸し。坂道がいきなり海へ向かって延びており、ゴーゴーとそちらへ水が流れていきます。見ると、なんと坂道に駐車していた車が次々と海の中へ。藪塚で豪雨に見舞われたとき、道路はあふれ出し、駅へ向かうゆるやかな傾斜を濁流のごとく流れる中を、車で行くと、なぜかあのときの光景をいつも思い出します。
クレタ島からの帰途アテネに立ち寄り、パルテノン神殿などを見物しました。さて、何かお土産をと思いましたが、ギリシャの特産というのはほとんどありません。宝石店がやたら多いのと、2年後に開かれるオリンピックグッズくらいが目に付いたものでしょうか。牧畜はやっているだろうから、男の子には羊毛のセーターでもと思い、ホテルの近くの洋品店で1つ買い求めました。店の女主人がどこから来たかというので“Japan”といいますと、いつ飛行機は出るのかとしつこく聞いてきます。“Tomorrow morning””Tomorrow morning” と家内ともども2-3回答えたでしょうか。渡された領収書を見てびっくりしました。50ユーロ支払ったはずなのですが、25ユーロと打ってあります。けげんな顔をしていたら“大丈夫だから”といいます。いつ出発するかしつこく聞いてきた理由がようやくわかりましたが、残念ながらこれがギリシャ経済の1つの不安定要因のようです。政府が把握していない闇の金融は3割に上るといわれています。領収書が要らなければ治療費150ユーロを100ユーロにまけますからというような話も実際にあるようです。先ずお金の流れをしっかり把握することが、経済再建の第一歩のような気がします。
塩野七生さんの“ローマ人の物語”を読むまでも無く、ローマ帝国といってもその文化はギリシャに依存しています。第二次大戦後、ギリシャの北側の国は次々と共産圏に組み込まれていきましたが、イギリスのチャーチル首相はスターリンと取引をし、ギリシャを非共産圏にとどめるとともに、軍隊を動員し、市街戦までして共産圏に入るのを阻止しています。チャーチルとしては、ヨーロッパの心のふるさとであるギリシャが共産圏にはいることは堪えられないことだったのでしょう。古代の都市国家の繁栄以来、多くの苦難の道を乗り越えてきたギリシャですが、今回も早く立ち直ってほしいと思います。
君子の三楽、大学生の三楽
“—の三楽(三つの楽しみ)”という言葉は昔から良く使われていますが、とりわけ有名なのは、中国の思想家“孟子”の“君子の三楽”でしょう。一楽は、親・兄弟が無事なこと、二楽は、仰いでは天に愧(は)じず、俯しては人に愧じぬこと、三楽として、天下の英才を得てこれを教育すること、とあります。
これを大学生の三楽ということになりますと、さしずめ“師・友・書”といえるのではないかと思います。すなわち、一楽に、良き先生にめぐり会うこと、二楽に、信頼できる良き友達を得ること、そして三楽に、本を読む楽しみだといえます。
大学の入学式の式辞では、在学中に是非この三楽を見つけ、十分に楽しむようにしてほしい、という話をしました。
世の中で、成功者と呼ばれる方々のお話を伺うと、よく恩師の一言(ひとこと)がという言葉を見かけることがあります。さすがに、大学生になると、先生の一言で人生が変わるということは少ないかもしれませんが、尊敬できる先生に出会うことが出来れば学生にとって大きな財産となります。
逆に考えますと、教師の何気ない一言が、学生を深く傷つけたりすることもあるということですから、教師は自分の発言に常に恐れを持つべきだと思います。
さらに、大学というところは自分と同じ志を持った学生が集まってくるところですから、もし一生の友達と言える親友を得ることが出来れば、これも貴重な財産となります。
しかし、良き師、良き友にめぐり会うことはなかなか難しいことです。最も確実に楽しむことが出来るのは書物との出会いです。私のように年をとってきますと、ついつい自分の専門に近い本か、気軽に読める本になりがちです。若いときこそ、いわゆる古典的な名作と呼ばれる大作に挑戦してほしいと思います。そして“人生とは何か”“生きるということはどういうことか”そんなことを考えたり悩んだりしてほしいと思います。
