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もうすぐ国家試験です…。みんな頑張っています。

221日…。第99回看護師国家試験です。あと…。

みんな一生懸命勉強しています。

29日、国家試験前の説明会を行いました。前日は高級ホテルに宿泊します。

みんな、真剣に話を聞いていますね。

みんな、がんばれ!!!! (^O^)

全員で合格しようね。                 

説明会の風景です。                   一生懸命勉強しています。

投稿者:管理者日時:2010.02月18日

着たい・着せたいきものと帯★

こんにちは、あずきです。

後期の授業もそろそろ終わりを迎え、試験期間に突入します。

そして成績発表が終われば卒業式・・・ですね。春は別れの季節なのです。

 

さて、桐生織物協同組合主催の『着たい・着せたいきものと帯』デザイン公募にて、我がアート・デザイン学科の学生が7名も!入賞★★素晴らしいですね♪♪桐生は織物の街と言われております・・・★

先日表彰式があり、学生が参加して参りました!

その際、自分達がデザインした着物と帯が展示されていた!という事で、写真で少々紹介しますね~。

コウモリ柄なんです。よ~く見ると・・・。

う~ん。自分のデザインが実物として目の前にあるなんて、この上ない喜びですよね~!

 

こうやってアート・デザイン学科の学生は数々の賞を受賞し、実績を積んでいる訳です!

おめでたい報告は私もテンション上がります!!

投稿者:管理者日時:2010.02月12日

JALに想う

先日、日本航空(JAL)は会社更生法の申請で事実上倒産し、政府の支援の下、再建を図っていくことになりました。節目、節目でJALにお世話になった感のあるものにとって感慨深いものがあります。

50年前、大学受験の際は、友人と2人で北海道の片田舎から、汽車―船―汽車と延々と一昼夜かけて上京しました。しかし、入学式のときは、母も一緒に上京することもあって、生まれて初めて飛行機に乗せてもらいました。当時は今ほどボールペン文化ではなく、多くの人が万年筆のため、気圧の変化でインクが漏れても大丈夫のよう、内部に吸い取り紙を張った封筒状の袋を配っていたのを思い出します。羽田の上空に達したときは、もう夜になっており、東京の街がこんなに明るいのかと驚いたものでした。プロペラ機で、機体の安定も今ほどに良くなく、下降時少し吐いたような記憶があります。

1973年アメリカに留学することになりましたが、ちょうど子供は1歳4ヶ月と生後3ヶ月でした。現在なら、先ず一人で行って住まいを準備し、後から家族を迎えに戻ってくる人も多いかと想います。しかし、当時は1ドル360円、外貨の持ち出しも制限されており、日本からの送金も10万円が限度で、国際電話も家族に緊急の事態でもなければ、まずは電話をかけることのない時代でした。そこで思い切って、家内と2人で1人ずつ赤ん坊を抱いてアメリカに向かいました。当時ボストンまで直行で飛べる飛行機は無く、JALでサンフランシスコまで行きましたが、ファーストクラスのすぐ裏の壁に小さなベッドをくくりつけてもらい、JALのスタッフには本当にお世話になりました。

先日、ムーア監督の“マネーキャピタリズム”という映画を観ました。アメリカの資本主義を痛烈に批判した映画ですが,その中で、例のハドソン河に見事事故機を着水させ、全米の英雄となった機長が議会で証言していました。“私の給料は40%カットされ、今や機長の間では自分の子供をパイロットにしたいと考えているは1人もいません”。驚いたことに、アメリカではパイロットの給料はものすごく低く、副操縦士で、16,000—20,000ドル、マクドナルドでアルバイトする方が給料は良いとか。空軍でパイロットを経験した人が多いかもしれませんが、それにしても人命を預かる職業としては、ちょっと異常な気がします。これも格安飛行全盛のためなのでしょうか。

日本も最近、安売り、安売りと、どんどん物価が下がりつつあります。しかし、値段が下がれば、結局は人件費を下げざるを得ません。その結果、給料が少ないため、安い物を優先的に買わざるを得ず、また安売りになるという、いわゆるデフレスパイラルに巻き込まれることになります。安ければ良いという発想もそろそろ変える時期ではないか、そんなことを想う昨今です。

投稿者:管理者日時:2010.02月09日