更新日:2011年09月14日
“働かないアリに意義がある”(長谷川英祐著、メディアファクトリー新書)というタイトルの本を見つけ、早速読んでみました。
アリはイソップ物語の“アリとキリギリス”でよく知られていますように働き者の代表とされています。我が家の狭い庭にも大きなアリの巣があり、毎日せっせと動き回っています。しかし、著者らの観察によると、実際に働いているアリは3割で、残りの7割は仕事をしていません。ただし、急にたくさんの獲物が手に入ったときとか、巣が破壊されるような非常事態になると一斉に働き出すようです。
同じようなことが、ミツバチにもいえ、通常、蜜を集めに飛び回っているのは、3割位だそうです。しかし、この余剰能力があるということが種の維持に非常に重要なことのようです。野菜のハウス栽培で、花の受粉にミツバチを使うと、狭い範囲にたくさんの花があるため、一斉に過労働となり、なぜか急にハチの数が減り、コロニーが激減していきます。
これはアリやミツバチの世界の話なのですが、同じようなことが、私たち個人や社会にも当てはまるような気がします。仕事一筋の人は急に風向きが変わるとポッキッと折れてしまいそうな気がしますが、時にスポーツや音楽を楽しんだり、本を読んだりする余裕のある人のほうが、変化への対応はよさそうです。また、会社でも売れ筋の製品ラインにすべての社員を張り付けている会社よりも、それ以外の部署として余剰人員を抱えている会社の方が、社会の変化に対応して永続できる会社になるでしょう。
さらに、同じことが研究の世界でも言えるような気がします。現在、研究費の配分はすぐに応用が見込まれる研究が優先され、しかも予算の制限のため、実績重視となり、現在流行の実験をすることで、論文をたくさん出している大きな研究室に集中する傾向にあります。しかし、実績はないが、発想が大変ユニークな研究、何に役に立つのかさっぱりわからないが、とにかく面白い研究、そんなところに研究費を回す余裕が必要に思います。そうしないと、日本から世の中をひっくり返すような大きな発見などは得られなくなっていくような気がします。