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医学用語あれこれとギリシャ神話

更新日:2014年01月15日

はじめに

アスクレピオスの杖という言葉をご存知でしょうか。一匹の蛇がまきついている杖で、世界保健機構(WHO)をはじめとした多くの医療関係団体のマークとして使われていますので、見かけた方も多いかと思います。アスクレピオスはギリシャ神話に登場する名医で、ついには死者をよみがえらせるほどになったため、冥界の王ハデスは世界の秩序を乱す者としてゼウスに訴えます。ゼウスはこれを聴き入れ、雷で彼を撃ち殺します。彼は死後天にあげられ、“へびつかい座”となり神の一員となっています。

なお、蛇は脱皮を繰り返して成長していくので、再生や生命力の象徴とみなされています。

西洋医学の発祥地はギリシャであることもあり、この医学のシンボルをはじめとしてギリシャ神話の中に出てくる多くの言葉が医学用語として採用されています。すでに多くの著書等で医学用語とギリシャ神話に関して紹介されていますが、このブログでは学生への講義でもふれたような話等をまじえて、いくつか取り上げてみたいとおもいます。なじみにくい医学用語にすこしでも興味を持っていただければと思います。

 

1. キメラ

免疫学の授業で“移植免疫”の講義ではヒトにはHLAと呼ぶ移植抗原が個人個人で異なるため、移植された臓器は生着せず拒絶されるという話をします。しかし、自然界には面白い現象が観察されます。ウシの2卵性胎児で胎盤が共通なケースが稀にあります。このとき生まれた2頭のウシは両者の血液型が混在し、お互いの移植臓器は完全に生着します。このように2種類以上の遺伝的に異なる性質をもつ個体をギリシャ神話のキマイラからとってキメラと呼んでいます(もっとも最近はヒト型抗体の一部とマウス由来抗体の一部を結合させたものをキメラ抗体というような使い方もしますが)。なお、キマイラは頭がライオン、胴体がヒツジ、尾が龍からなっています。

移植の成立にはレシピエント(受容者)とドナー(供与者)の臓器がキメラ状態になることがあればよいのですが、現状では難しく、結局HLAをなるべく一致させて移植し、さらに免疫抑制剤を使用しています。

しかし、現代の生命医学はSF小説を越えるほどの事も可能にしています。父親と母親はそれぞれ2組のHLAのセットを保有していますので、子供には4通りの組み合わせとなります。理論的には子供が5人いれば少なくとも1組は同じHLAをもつ兄弟がいることになり、この兄弟から移植をうければ拒絶はありません。これを応用して、試験管内であらかじめ何個か受精卵を培養し、8細胞まで分裂したとき、一個の細胞からHLAのタイプを調べます。もし、疾患があり臓器移植を望む患児のそれと一致したら、母親に戻し、出産する、いわゆる“救世主兄弟”の誕生が可能です。実際、この技術は一部の国で認められていますが(とりわけ、患児が白血病の場合)、兄や姉のため、臓器の一部を提供するために生まれてくる弟や妹はどんな思いを抱くのでしょうか。あまり認めてほしくない医療技術です。